
コンセプト
私にとって、『渓谷登攀(大西良治 著)』が沢登りの概念そのものであるように、『ヒマラヤ悪魔の谷(NHK)』が探検モチベーションそのものであるように、写真や映像には人の心に強く訴えかけるエネルギーがあります。数年前まで普通のハイカーだった私が、渓谷を自由に飛び回れるようになったのも、先人たちの写真や映像からエネルギーをもらう、幸運に恵まれたからこそです。
私自身、いろいろな渓谷を訪れて改めて実感するのは『より特別な世界は、より困難の先にある』ということ。私が尊敬してやまない大西良治の言葉のとおり、困難を越えた先には必ずと言っていいほど、魂を揺さぶる世界が待っているのです。これは、『渓谷登攀』や『ヒマラヤ悪魔の谷』が特別な世界を私に教えてくれたという、原体験とも一致するものです。
この濃密な世界は、SNSや、ブログで伝え切れるものではありません。 ”険谷一本ごとのドラマや美しさを、詳細に、マニアックに表現することこそ、渓谷の魅力を伝える最良の方法だ” その思いが『険谷』シリーズの着想となっています。
『険谷』シリーズは、渓谷一つにつき一冊の対となる、写真集であり、トポであり、遡行記録です。私自身の、そして私の友人たちの、魂を込めた遡行の全てが、一冊ごとに収録されます。自費出版だからこそできるマニアックな、そして、これまで謎に包まれていた、渓谷の深淵に展開される『特別な世界』をぜひ体感してください。きっと、これから渓谷に行くあなたの、もしくは過去行きたかったあなたの、モチベーションになると信じています。
険谷の選定基準と今後の制作予定
2025年1月「険谷」シリーズ第一弾「剱沢」「融雪沢」を発表しました。これほどマニアックな写真集に多数のご予約をいただき、大変感謝しているのと同時に、お金をいただく以上、今後の展望を含め意思表明の必要を感じ、筆をとりました。
当記事では「険谷」シリーズ制作にあたり、その選定基準を明確にしていきます。たとえば、登攀難易度だけで渓谷を選定すると、水流がほとんどない、地形的に険しいだけの谷状地形も「険谷」ということになります。しかし、小水量の地形的に険しいだけの岩斜面を「険谷」と呼ぶのには、違和感を感じます。これは一例ですが、険谷とは何なのか、制作チームの中で明確な選定基準を設けました。
「険谷」の選定基準
独自性
第一に、独自性を重視します。「険谷」シリーズでは、険しい渓谷でしか見ることのできない、特別な世界を大切にしています。これから渓谷に訪れる人に、価値観を変える険谷の世界を届けたい。そして、できることなら活動のモチベーションの一助となりたい。それが私たち制作チームの願いであり、目標です。そのため、他の渓谷には無いユニークな景観や地形、渓谷愛好家の憧憬となりうる特徴があるかという、独自性を重視します。
秘匿性
第二に、秘匿性を重視します。遠望できたり、側壁の懸垂下降や、ドローンの空撮などで全体像を把握できるのであれば、わざわざ「険谷」に掲載する必要はありません。実際に内部に侵入して水線に肉薄してこそ体験できる、秘匿性の高さを追求します。
水量
第三に、渓谷の水量を重視します。水があるからこそ、渓谷が形作られ、険しい地形となる以上、「水の存在」こそが渓谷である理由そのものと言えるでしょう。渓谷の核心部における集水域が10平方キロメートル以上であることを、ひとつの基準として、渓谷の選定を行います。
地形
第四に、地形的な険しさを重視します。私たちが最も心揺さぶられるのは、渓谷の深淵に展開される、非現実的な自然の造形を目の当たりにした瞬間です。生物の侵入を拒む、険しい地形の先に展開される空間は、さながら宇宙や深海のような非現実性を伴い、鮮烈な体験を与えてくれるのです。
私たちにとっての「険谷」とは
唯一無二の景観かつ、十分な水量があり、地形が険しい。そして、実際に内部に侵入することで初めて、全貌が把握できる渓谷。
これが、私たち制作チームにとっての「険谷」です。これらの基準を満たす渓谷は、数多の谷が連なる日本においてもごく少数。だからこそ、これらの基準を満たすことこそ、険谷にしかない「特別な世界」をお届けする最善の方法だと思っています。
例外的に、一部基準に満たない渓谷でも「険谷」シリーズに掲載予定のものがあります。たとえば、「ザクロ谷」や「不動川(海川)」は大水量の渓谷ではありませんが、特異な地形や歴史的背景から、十分に険谷としての魅力を兼ね備えています。
制作予定(抜粋)
五十沢、小又峡、宮之浦川、不動川(海川)、ザクロ谷 など(その他海外の渓谷を予定)
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