新武呂溪(シンウーリューシー|XīnwǔlǚXī)|キャニオニング

by

主だった渓谷は踏破され、これ以上の大物は残されていないと思われていた台湾において、現代まで残されていた最後の怪物。台湾の渓谷を開拓し尽くした大西良治をして『恰堪溪(チャーカンシー)と並ぶ台湾珠玉の一本』と称賛する渓谷。

2024〜26年に3回の遠征を行い、延べ18日間(渓谷内13日間)のキャニオニングで全貌解明を行なった。中流以降は一日に数百メートルしか前進できない険しい空間が続き、常にリスクコントロールしながら深淵へと踏み込んでいくことになる。

※当記事では3回にわたる遠征内容をまとめて掲載しています。

新武呂溪|第一次遠征|2024年11月

新武呂溪(xīnwǔlǚxī)|キャニオニング(源頭 ~ co2560m)|2024,11,05 ~ 08
メンバー:大西良治|鈴木助|大木輝一

「タスクの投稿、『xīnwǔlǚxī』とかカッコこつけすぎでしょ、『shīn wǔ liǔ shī』のほうが読みやすい」

「それならテルの『台湾expedition 2024 is over.』はどうなんだよ、英語の必要ないじゃん、カッコつけやがって」

「たいして変わんないでしょ笑 お前らそんなんだからSNSでコメントつかないんだよ、絡みにくい」

丸一日かけ、標高3,496mの三叉山山頂付までハイクアップ、風光明媚な嘉明湖を横目に新武呂渓へと入渓する。私のホーム、四国の山域のような柔らかな笹原に親近感を覚えるが、富士山山頂に近い標高だ。

入渓するとすぐにボロボロのゴルジュとなり、水流が現れて間もなく小滝と釜が繰り返し現れるようになる。一週間ほど前の台湾東部を中心とした1,000mmほどの豪雨により、源頭だが水量が多い。平水であれば容易に通過できるであろうセクションでも泳ぎが連続する。

3日目、まだ標高3,000m付近だというのに、激流の水路や大迫力の大滝が現れるようになり、容易には前進できなくなってきた。豪雨により多量の水を溜め込んだ山体に保水力は残されておらず、少しでも雨が降れば即座に増水する、危険なコンディションだ。

4日目。一晩降り続いた雨により、渓谷は濁流となり撤退を決断。第二次遠征での全貌解明をメンバーで誓う。

新武呂溪|第二次遠征|2025年4月

新武呂溪(xīnwǔlǚxī)|キャニオニング(co2560m ~ co1460m)|2025,04,12 ~ 21
メンバー:大西良治|鈴木助|リュウスケ|Huan Ruei Wang|Chiz Chen

「10日間の食料計画考えるのダルいんで全部棒ラーメンとシリアルにしました」

「棒ラーメン煮込まないと食えないじゃん、そんなにガス持ってねえぞ。そもそも、日本人は小麦の消化が苦手なのに大丈夫なのかよ」

「まあ焚き火すればガス節約できるし、カロリーは十分だし大丈夫ですわ」

行程中盤、良いテン場が見つからず、大掛かりな土木作業が必要になった。遅くまで続いたルート工作でメンバーは皆疲弊していた。

「トレイルバター(一袋1,500円もする、ウイダーインゼリーのような高カロリー食)持ってきてるから、みんなで分けようぜ」

私は、少しでもメンバーに元気を出してもらおうと、とっておきを取り出した。このトレイルバターは昨年、称名廊下遡行に向け購入したもので、あまりにも高価なのでケチって持っていかなかったのだが、疲れたメンバーのためなら惜しくはない。大西と私が少しずつ食べる。程よい甘味と塩味が疲れた体に染み渡るようだ、、、

「なんかコレ出てこないっすね」

リュウスケがおもむろに、両手で、力一杯トレイルバターを握りつぶす。刹那、トレイルバターは下痢便のような音を立てながらすごい勢いでリュウスケの口の中に消えた。

殺意が湧き、手が出そうになるが、ペナペナになったトレイルバターを見て、なんだか涙が出そうになってきた。だが、仕方ない。リュウスケはこういう男なのだ。それを知っていながらトレイルバターを手渡した私にも非があるのだ、と自分に言い聞かせる。

行程後半。

「一昨日くらいから下痢が止まらんすわ」

「当たり前だろ、棒ラーメンだけで生活できるかよ」

いつもならメンバーの後ろから『早く歩け』と煽り運転を繰り返し、隙あらば追い越し、異様に強靭な下半身を見せつけながら先へと消えていくリュウスケは、妙におとなしかった。本当に体調が悪いらしく、用を足しにいくと15分くらいは戻ってこない状態だ。やはり棒ラーメンだけでどうにかなるほど新武呂溪は甘くなかった、、、

昨秋の遠征に続き、未知が残る新武呂溪をキャニオニングしに台湾へと降り立つ。今回予定が合わず参加できなかったテル(大木輝一)にかわり、リュウスケと、二人の台湾メンバー(Huan Ruei Wang|Chiz Chen)が加わった。

8日目

夕方。「ここが限界ギリギリ。大西さんがこれ以上進むというなら、ついていけない」「俺も限界です。これ以上はヤバイ」瀑水が轟音を響かせる、漆黒の空間を先行する大西を遠目に見る。数日前から続く険しいゴルジュはいつ終わるともわからない。

体力・精神力・帰りのフライト、、、私とリュウスケにとって、全てが限界に近い。新武呂溪のあまりの険しさに、昨日からエスケープの提案を何度かしたが、そのたびに大西は「まあ、いけるでしょ〜」といつも通りのテンションで前進していく。同行していた台湾メンバーは昨日すでに離脱した。私だって、これ以上の前進によるリスクは許容できない。なんとしても大西を止めなければ、、、などと心配する私のことなど気にもしない大西。いざとなれば、大西を置いて脱出しなければならないかもしれない。

夜。「まあ、ここまでかな〜」リーダー大西の、撤退の決断は唐突だった。喉元まで出かかっていた、離脱宣言を飲み込む。これで生きて帰ることができる。2日後の10日目(日程最終日)。ドンピシャで下界へと降り立った。私よりも、大西の沢ヤの勘が正しかったのだ。私がリーダーだったなら、1日半は余分に早く撤退していただろう。

大西良治は本物だ。ここ最近、少し難しい渓谷に行ったからと天狗になる私を、研ぎ澄まされた沢ヤの勘でボコボコに打ちのめし、”世界最強”の背中が遠いことを思い知らせてくれる。そういえば、去年の春もリュウスケと一緒に、大木輝一に殴り込みをかけてボコボコにされたんだっけ。我々の沢はじめはボコボコにされるのが既定路線らしい。完膚なきまでに打ちのめしてくれるライバルの存在はありがたいものだ。

とまあ、渓谷も刺激的な内容だったが、大西良治の方がもっと刺激的だった。第三次遠征に続く

新武呂溪|第三次遠征|2026年3月

新武呂溪(xīnwǔlǚxī)|キャニオニング(co1460m ~ co610二俣)|2026,03,07 ~ 10
メンバー:鈴木助|大木輝一|溝内政樹

穏やかなゴルジュを流されていると、水着の女性の尻が見えた。新武呂溪に似つかわしくない、リゾート地さながらの登場シーンに驚くが、向こうは向こうで、ウエットスーツにカッパを着込み、ハーネスに金物をジャラジャラさせて、巨大な荷物を担ぐ外人が流されてきたことに驚いただろう。

男女あわせて十名ほどのグループがゴルジュ内にある天然温泉でくつろいでいる。アプローチにはゴルジュを多少なりとも通過する必要があるはずだが、、、よく見れば頼りないロープが水面を漂っているではないか。水路に飲み込まれそうになりながら水着で渡渉していくおばちゃんを眺めながら、日本人とは気合いが違うな、と改めて感心した。

新武呂溪に訪れるのは既に3回目だ。これまでに、延べ14日間(渓谷内10日間)の日程を経てなお、新武呂溪の1/3は謎に包まれたままだ。昨年、撤退した水路の少し上流に降り立ち、キャニオニングを開始する。果たして、新武呂溪は最後にどんな景色を私に見せてくれるのだろうか。

4日目

強烈な水流と格闘し、テクニカルなトラバースを繰り返しながら最後のゴルジュを進む。核心部と目していた等高線の過密地帯はまだ先だというのに、数時間前から続く険しいゴルジュが途切れることはない。今朝、「今日のタクシーは昼くらいでいいんじゃない?」などと話していたが全くもって昼に下山できる見込みはなく、今日中に脱出できるかも怪しい状況だ。

谷が屈曲していくその先で、新武呂溪が大空間へと消えていく。その先を覗き込んだ瞬間、戦慄した。尋常でない大落差を落下していく、暴力的な水の束。岩盤に触れることなく数十メートル落下した新武呂溪の全エネルギーが、下部で迫り出した岩盤で炸裂し、真っ白なミストとなって辺り一帯を覆い尽くす。仮に、滝の戦闘力を水量×落差で求めるられるのなら、この滝は、私が沢登りやキャニオニングで経験した中で、圧倒的に最強だ。

新武呂溪は、やはり最後まで凄かった。渓谷内だけでも3年間で延べ13日を費やした。長大な流程に、ゴルジュや滝を連ね、天然温泉まであるという、類い稀な渓谷だ。膨大な水量は、至るところに水流の罠を作り出し、激流慣れが要求される。中流部および下流部のゴルジュでは、熟練したキャニオニアにしか通過を許さない険しい空間が続く。これほどの渓谷を開拓できる幸運は、人生に何回もあることではない。訪問のきっかけをくれた大西良治氏に感謝したい。

台湾 expedition is over.

遡行図