
『大理石の渓谷』なんとも魅力的なキャッチフレーズに惹かれ、いつかは訪れたいと思っていた台湾東部の渓谷 三桟南渓。上部ゴルジュでは、垂直に聳える数百メートルの大側壁が異空間を作り出す。
三桟南渓(サンザンナンシー)|キャニオニング|2024,04,02 ~ 07
メンバー:大西良治|鈴木助
『セティ・ゴルジュじゃん、これ』大西がつぶやく。
核心ゴルジュ最上部に鎮座する五段60mを半日掛けて下降した我々の前に、上空数百メートルまで伸びる側壁と複雑に侵食された谷底が展開された。日本国内のゴルジュにはずいぶん通っているが、これほどのスケールは経験したことがない。側壁からの脱出など全くもって考えられず、この死地から脱出するには水線を下降し切るしかない。
書籍で三桟南渓のことを知り、いつかは訪問したいと思っていた。日本国内では経験できないような壮絶なゴルジュが眠っているらしい。当初予定では沢登りを想定していたが、日程序盤の天気が思わしくない。三桟南渓は集水域75km2の大渓谷であり、増水した下流部から沢登りで前進するのは困難だろう。急遽予定変更し、悪天候の数日でハイクアップ、上流からキャニオニングすることにした。
1 ~ 2日目
太魯閣(たろこ)峡谷の登山道からハイクアップ開始。日程は最大10日間を想定したものだ。キャニオニング装備は重い。大西と2人で全てのギアを背負うとなると、ザックはゆうに30kgを越える。急な登山道をナメクジのような速度で登っていく。2日目までは登山道でビバークした。
3日目
昼頃、ようやく源頭部の支流から入渓。ハイクアップだけで2日以上かかるとは、やはり台湾の渓谷はスケールが大きい。本流に合流すると、巨岩ゴーロ地帯となった。ゴーロといってもその大きさが半端じゃなく、大きいモノでは直径数十メートルはあって迫力がある。クライマーでもある大西は、良さそうな巨岩を見つけるたびに興奮していた。
4日目
谷を塞ぐ巨岩の下に水流が消えていく。覗き込むと、水流は遥か下まで一気に吸い込まれ、先は見えない。この滝は五段60mの垂直ゴルジュとでも呼ぶべきもので、テクニカルな下降が要求される。当然、登り返すことなどできないだろう。
60m滝の下に降り立つと、側壁はグングンと高度を上げ、遥か彼方で雲の中に消えていく。ここからが三桟南渓の核心部だ。腹の底が重くなるような重圧を感じながら内部へと踏み込んでいく。谷底付近では水流により側壁が複雑に侵食され、ときに垂直以上の傾斜で空を覆い隠す。どう考えても人類が侵入して良いような空間ではないが、新たな景色が開けるたびにスマホで大量の写真を撮りながら進んだ。
側壁の威圧感とは裏腹に、谷底は砂利で埋め尽くされ険しさはない。ここ最近の大地震に続く大水の影響だろうか、入り口の60m滝を過ぎてから、ほとんどロープなしで前進できている。
夕方。なんとか、ギリギリ泊まれそうな場所を見つけるが、谷底は落石の巣となっていて、安全の保証は無い。一旦荷物を置き、先の偵察をすることにした。暗闇が迫るなかゴルジュを進む。1時間ほどすると側壁が大きく迫り出し、庇のようになっている砂地を発見した。ここなら落石の影響は無いだろう。安全なテン場を見つけた安心感のなか、荷物を取りに戻る。再び戻ってくる頃にはヘッドライトが必要な時間になっていた。
5日目
壮絶なゴルジュの中で目が醒める。昨晩は頻繁に落石の音がしていたが、場所が悪ければ危険な目に遭っていただろう。行動開始してすぐに、側壁が大崩落したことによる泥沼のような場所に出た。堆積した泥に踏み込むと30cm以上沈むような代物で、底なし沼のように引き込まれるのではないかと怖かった。泥には落石による、銃弾の跡のような痕跡が点々と残されている。こんなものに当たったら一たまりもないな、と足早に通過していく。大崩落地を抜けると次第に谷は開け、核心ゴルジュは終わった。
結果的に、門番となる60m滝を除き、滝と呼べるものはほとんどなく、ガレと砂利で埋め尽くされたゴルジュだった点は少し残念だった。しかし、空間としての迫力はこれまでに経験したことがないもので、大西が『セティ・ゴルジュのよう』と形容するのも納得の、現実離れしたものだった。
核心ゴルジュ以降も河原が続く。堆積した砂利は平坦で歩きやすく、ハイペースで距離を稼ぐ。時折現れるゴルジュを楽しみながらサクサク進んでいくと、極上のテン場が現れ、行動終了。
6日目
昨日はほとんどが河原歩きだったが、今日はどうだろうか。地形図を見る限りあと3日くらい掛かりそうではあるが、、、
相変わらず河原が続く。途中現れた支流は緻密なゴルジュ地形で、キャニオニング対象としてはこちらの方が面白いかもしれない。ときに1,000mを越えるビッグウォールや超巨大ボルダーが現れて楽しませてくれるが、河原歩きなのは変わらない。気がつけば昼過ぎには最後の核心部と思われる屈曲部まで到達していた。
遠目に見える核心部側壁は厳つく、通過は困難を極めるかもしれない、と思いきや、やはり内部は河原となっていて呆気なく通過できた。途中、Googleマップにも記載のある『黄金峡谷』なる支流は、複雑な侵食を見せる、見応えのある渓谷だった。
黙々と河原を歩く。日が暮れ、ヘッドライトを出すとすぐに、集落の道路に到着した。結果的に渓谷全体の半分以上の距離を1日で歩いたことになる。
過去の記録では、突破困難な水路が連続する渓谷の姿が想像されたが、全体をとおして滝として記録したものはわずか10個ほどで、キャニオニング装備も上部ゴルジュ入り口の大滝以外では使わない、あっけない内容だった。渓谷の変化はなんとダイナミックなのだろうか。技術的には特筆すべき点は無かったが、上部ゴルジュ側壁は世界有数であろう壮絶なもので、その空間を体験できただけでも訪問の価値は十分にあった。
- 太魯閣峡谷
- 装備は重い
- アプローチ
- 樹林でのC1・C2
- 本流合流地点
- 巨大なボルダー
- 側壁に竪穴を見つけて偵察しにいく
- 巨岩の下に水が吸い込まれていく
- 核心部の偵察に向かう大西
- どうやら核心部を通過できるようだ
- 核心部大滝上部
- 核心部大滝下部
- 谷底は荒れているが迫力は凄い
- 壮絶なゴルジュが口を開けている
- 側壁上部は雲の中へと消え全貌はわからない
- 複雑に侵食された側壁
- 核心ゴルジュ内のC4
- 落石痕が生々しい
- 本流に滝と呼べるものは少ないが造形は美しい
- 威圧感のあるゴルジュだが埋まっている
- ゴルジュ内に落ちる支流滝
- C5
- 支流は崩落していないようだが・・・
- どこまでも続く河原
- 最下部の核心ゴルジュも河原となっていた
- 支流の『黄金峡谷』