恰堪溪の詳細は、渓谷観光 別冊「恰堪溪」に収録されます。
恰堪溪。
なんど、眠りにつく前に夢想したことか。その名前を思い浮かべるとき、思春期の少年のように胸が締め付けられる感覚が、確かにあった。
「台湾最強」「世界最大規模のゴルジュ」
ただ困難だから特別なのではない。困難の先にしか存在しない空間があるという事実を、拒みようのない現実として突きつけてくるから特別なのだ。その中に足を踏み入れるとき、私の想像力など、大自然の前では、あまりにもちっぽけだと思い知らされる。
だからこそ、私はそこから逃れられない。
理由は後からいくらでも付けられる。好奇心、自己承認欲求、SNSでコメントしてほしい。しかし、そのどれもが本質ではない。まだ見ぬ空間に、自分の想像が通用しない場所に、身体ごと引き寄せられていく、抗いがたい衝動が私を衝き動かす。
恰堪溪|キャニオニング|2026.2.24 – 3.1
メンバー:鈴木助|大木輝一|溝内政樹|木村聖広|Chiz Chen(レイ)
記事の内容
恰堪溪
恰堪溪は特別な渓谷だ。2026年現在、20代後半から30代の沢ヤにとっては、より強い意味を持つ存在だろう。
この世代は、少なからず『外道クライマー(宮城公博)』『渓谷登攀(大西良治)』の影響を受けている。沢ヤにとって「特別な渓谷」はいくつか存在するが、これら書籍でも格別の存在感を放つ、台湾の恰堪溪と日本の称名廊下は、特別な存在だ。
恰堪溪は「台湾最強」あるいは「世界最大規模のゴルジュ」と評されてきた。しかし私にとって重要なのは、その難易度そのものではない。困難の先にしか存在しない空間があるという事実である。
『渓谷登攀』の著者である大西良治氏が述べたように、「より特別な世界は、より困難の先にある」。その言葉の通り、極限の渓谷の内部には、想像をはるかに超えた非現実的な空間が広がっている。私は、その世界に実際に触れることに大きな意義を感じていた。
恰堪溪も称名廊下も、その内部に踏み込むには高度な技術と覚悟が求められるため、実際に行動に移す者は極めて少ない。世界最高峰の課題があると認知されているにも関わらず、誰もが挑戦すらしないのだ。そんななかで出会ったのが、テル(大木輝一)だった。2024年。クライマーとして高い能力を持ちながら沢登り・キャニオニングに打ち込む彼との出会いは決定的だった。同年、テルとともに国内最強の課題、称名廊下の水線遡行に成功する。
強力なパートナーを得た今、恰堪溪は私にとって、逃れられない課題となっていた。
プロローグ
2026年2月。恰堪溪がオーストラリア・台湾の混成チームによって第2降された。恰堪溪が、ついに世界に開かれた瞬間だった。
問題は、そのタイミングだ。私たちの計画の、わずか1ヶ月前に先を越されたことになる。
なんでこのタイミングなんだという、先を越された悔しさとも、片想いしていたあの子を奪われたような喪失感ともつかない感情が一気に押し寄せてくる。
とはいえ、先に行かれてしまったものは仕方がない。渓谷は逃げる。そういうものだ。こういう経験は初めてではない。直前に誰かに入られて、特別な渓谷がどこかへ逃げてしまうことは、今までにも何度かあった。
そういえば、2024年の秋。楽しみにしていた梅花皮沢の計画の直前に、「今年は僕だけじゃなくて、別パーティーも梅花皮行ったみたいですね、もはやゲレンデかな笑」と某沢ヤに煽られたことを思い出してイライラした。
別に初登争いにこだわっているわけではない。そもそも恰堪溪に冒険的未知は残されていない。ただ、自分にとって意味のある渓谷に直前で人が入るというのは、やはり気持ちのいいものではないのだ。
もっと言えば、大西チームしか行っていない渓谷と、他の誰かがすでに行っている渓谷では、意味がまるで違う。大西が行けたとしても、それが他のホモサピエンスにも可能なのかはわからない。だが、別の誰かが行けてしまった時点で、「ああ、じゃあ自分にも行けてしまうのだろうな」と、どこかで思ってしまう。
そんなことをぐるぐる考えていた。
ちょうどそのタイミングで、台湾の入域許可をお願いしていた現地メンバーのレイから連絡が入る。「もしよければ、恰堪溪の計画に参加したい」とのことだった。さらに続けて、大西の学生時代の後輩で、最近キャニオニングを始めたという溝内からも参加希望の連絡が来る。
もともとこの計画は、テル(大木輝一)と二人で完結させるつもりだった。称名廊下のときのような、腹の奥が重くなるような、ピリピリとした計画になるはずだった。
だが、状況は変わる。
昨年末には、沢登りとキャニオニングの両方に本気で取り組んでいる数少ない若手、木村が加わり、メンバーはすでに3人になっている。
そして直前の第2降のニュース。
もう、完全にどうでも良くなっていた。テルと二人で魂の震えるような沢をやる願いは、どうせ叶わない。二人の参加希望を二つ返事で承諾した。世界最強の渓谷で世界最高の観光をしてやろう、と完全に開き直っていた。
アプローチ|2月24日〜25日
恰堪溪へのアプローチはいくつか存在するが、私たちは、大西ルートではなく、オーストラリアチームのルートを使うことにした。
基本的に、渓谷内部の情報は事前に見ないようにしている。これは今回に限らず、自分なりのこだわりだ。たとえ未踏であろうとなかろうと、できるだけフレッシュな状態でその渓谷に入りたいと思っている。とはいえ、アプローチで冒険するつもりはない。
台湾メンバーのレイが、オーストラリアチームのGPSログを持っていたので、それをそのまま使うことにした。出発時間も、キャンプ地も、翌日のハイクアップにかかる時間も、すべてトレースする。自分ではほとんど何も考えていない。
まあ、アプローチなんてこんなものでいい。こんなところで想像力を使うつもりはない。GPSを見ながら、だらだら歩けばいいのだ。
台湾の渓谷は、日本と違って下流部が広大な河原になっていることが多い。おそらく砂防ダムが少ないからだろう。ある程度標高が下がると、上流の地形に関係なく、ほぼ確実にだだっ広い河原が広がる。今回のアプローチも、そんな河原歩きから始まった。
翌日。台湾の山は森林限界が3500m付近にあり、どこまでも樹林帯が続いて爽快さが無い。そして稜線だけが笹原になっている。景色だけ見れば私のホームである四国の低山と大差ない。そこにトゲ植物と重い荷物が加わるだけだ。
昼過ぎ。山頂に到着、した瞬間に強烈な風が吹き始めた。とにかく寒い。さっきまで見えていた景色も一気に雲に覆われる。なぜ外国まで来てこんなことをしているんだ、と馬鹿馬鹿しくなってくる。
ぶつぶつと文句を吐き、鼻水を垂らしながら暴風の稜線を歩く。しばらくすると、風に流されて霧が少しずつ切れてきた。その瞬間、尾根のすぐ脇に、小さな沼が見えた。
「恰堪溪だ!」
これだ。この沼が、恰堪溪の最初の一滴だ。私の声に反応して、メンバーが集まってくる。先ほどまでトゲ植物に文句を言い、天気に文句を言い、冴えない山だとぼやいていたメンバーの顔が、一瞬で変わる。
「本当に、恰堪溪に来たんだな」
このドブ沼は、ただのドブ沼じゃない。恰堪溪を、自分たちの目で初めて捉えた瞬間だった。
ここに来るまで、いろいろと余計なことを考えていたが、この一瞬ですべてどうでもよくなった。やっぱり来てよかった。

2月26日|キャニオニング1日目
昨晩は、ほとんど眠れなかった。暴風と低気温。植生はトゲ植物だらけで、タープに穴が開くのを気にしながら設営したせいで、全員が無理な体勢で寝ている。夜中、突風が吹くたびにタープが顔に張り付き、押し潰されるように覆いかぶさってくる。そのたびに目が覚める。とにかく不快で、寒い夜だった。
昼前。小さなゴルジュに、大きな滝壺をもつ滝が現れた。煌めく滝壺に飛び込みたい誘惑にかられるが、水深は浅そうだ。慎重にクライムダウンして確認すると、水深は50センチもなかった。落ち口から飛び込まなくて良かったとほっとしつつ、後続に飛び込めないとハンドサインで伝える。
なぜか、最年少の木村が釜を覗き込み、飛び込もうとしている。「やめろ!」と叫ぶが、水音で届いていないようだ。必死にハンドサインを送るが、そのまま飛び込んだ。
「いってー!浅すぎだろ!」「当たり前だ!飛び込むなって言っただろ!」
黒い岩盤を水深と勘違いしたらしく、5メートルの高さからモロに岩盤に飛び降りた形だ。足が痛いと言っているが歩けないほどではない。とりあえず行動不能でないことに安堵する。まあ、痛み止めを飲ませておけば何とかなるだろう。(後日、骨挫傷4箇所と判明)
その先で巨大な滝が現れる。恰堪溪の計画を大西に話したとき『60mロープで十分だよ〜』と言われていたが、60mロープで下降できるスケールには見えない。渓谷の恐ろしさは地形だけではない。人の言葉をどこまで信じるかという冷静さも試される。私は大西のアドバイスを全く信用していないので、80メートルロープを2本持ってきていた。研ぎ澄まされたキャニオニアは常にクレバーでなければいけないのだ。
しばらく崩落地帯や小規模のゴルジュが断続的に現れる。「意外とこんな感じか?恰堪溪も大したことないな」などと軽口を叩きながら、軽快に進んでいく。昼過ぎに、不思議な地形が現れた。岩盤の尾根に、光背のような形をした窪みがある。窪みの中に地層の境目があるようで、黒っぽい岩盤がその奥で白くなっているのが見えた。
もしかして、と思った瞬間に、心拍が上がる。
小さな尾根を回り込んだ瞬間、そこに現れたのは間違いなく、夢にまで見た、正真正銘の恰堪溪だった。緻密に侵食された石灰岩、縞模様の側壁、その中を流れる青い水。さっきまでの、台湾ならどこにでもある渓谷が、一瞬で特別な存在へと変わる。
時間が昼過ぎだったこともあり、内部は次第に暗くなっていく。空間の険しさはクライミングが通用するものではなく、側壁からのエスケープは考えられず、小さな滝でも下降してしまえば後戻りは出来ない。職人の手で磨き上げられたかのような緻密な造形を見せる大小の滝を下降していく。キャニオニングの様々な技術が要求され、前進のペースは遅い。急速に暗くなっていくゴルジュの中で、不安と興奮の入り混じった時間が過ぎていく。

2月27日|キャニオニング2日目
昨晩のキャンプ地は、よくわからない小動物の糞が無数に散乱していて、少し動くだけでそれを踏んでしまい不快だった。さらに夜半から雨が降り出した。岩屋だから多少は凌げると思っていたが、実際には岩を伝った水が一本の流れになって落ちてきて、場所によってはしっかり濡れる。メンバーによっては装備もびしょびしょだ。朝起きると、溝内とレイの食料袋には動物に齧られた穴が空いていた。恰堪溪の恐ろしい洗礼だ。
昼前。彼方の側壁から、200メートル近くある支流滝が優雅に水を落とすのを眺めながら、穏やかな水路を流されていく。水路の先で、水面が消えたように見えた。即座に岩盤に乗り上がり行先を見つめる。恰堪溪の全水流が、真っ白な水の束となり暗闇に落下していく。20メートルほど宙を舞った水流は、滝壺を嵐の海のように波立たせ、側壁により陽光を遮られた滝壺は、異様に暗く沈んだ水を湛えている。その先には、先ほどの支流滝が水を落とし、水飛沫で行先の一切を覆い隠していた。
過去の記録で「Go to hell」と綴られた、恰堪溪の心臓部だ。
この先の詳細については、渓谷観光 別冊「恰堪溪」(写真集)に収録します。
僕たちが感じた圧力や、光の届かない谷の質感、そこで流れる時間の感覚を、できる限りの写真とともに。60Pにわたるカラー写真で、僕たちの感じた恰堪溪そのものを、お伝えします。
渓谷観光 別冊「恰堪溪」の発売情報は、公式インスタグラムおよび当ブログで告知予定です。

2月28日|キャニオニング最終日
先行していたテルが、こちらへ戻ってくるのが見える。「キャンプ地、見えたよ」。その一言で、張り詰めていた何かが一気にほどけた。
テルと強く抱き合う。決勝点を決めたスポーツ選手が仲間と交わすような、あれだ。
本当に、恰堪溪を通り抜けたのだ。夢のように現実味のない空間の中で、恰堪溪のすべてをこの目で見てきたという事実だけがある。
きっと私は、この瞬間を一生忘れることはない。
この空間を4人の仲間と共有できたことを幸せに思う。人生に一度しかない経験を共にしてくれた仲間を得られた幸運に感謝するしかない。

