荒川 中俣沢|沢登り

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飯豊・朝日の渓谷は、沢登りをやる者なら誰しもが憧れる山域だ。古典的な沢登りのフィールドとして知られ、標高2000mほどの山々からは想像もできないほど、長大な渓谷がいくつも刻まれている。

私も沢登りを始めた頃から、いつかはここを訪れたいと思っていた。しかし、自分の嗜好が大水量ゴルジュや特殊系ゴルジュに偏っていることもあり、この山脈の沢はずっと後回しになっていた。

2025年、北海道から始まった遠征がそろそろ40日目に差し掛かろうという頃、私のモチベーションは底を突きかけていた。連日沢に入り、水と格闘しているうちに、次第に気持ちが擦り切れていき、どこか消化試合のような感覚になっていたのだ。

そんな状態で沢に入るのは危険極まりないし、何より楽しくない。そろそろ切り上げて帰ろうか──そう考えていた矢先、朝日の沢に入るという誘いをもらった。

モチベーションは限界に近かったが、誘ってくれたのは、私が一方的にライバル心を抱いている「日本一映える沢ヤ」ことポムチム。断る理由などない。目的地は荒川。飯豊・朝日の地理には詳しくないが、彼が選ぶ沢なら間違いないだろう。せっかくの機会、同行させてもらうことにした。

荒川 中俣沢|沢登り|2025,10,4 – 5
メンバー:ポムチム|ケーシ|バニ女史|ゴルジュスズキ

駐車場から荒川へ向かう道のりは、いくつもの吊り橋を渡るところから始まった。だがその吊り橋というのが、とにかく怪しい。錆びたワイヤー、傾いた足場。朝一番から嫌な緊張を味わうことになった。正直、あの橋を渡るくらいなら、川に降りて徒渉した方がまだ安全だろうと思う。

歩き始めてからおよそ一時間半、ようやく荒川の入渓点に辿り着いた。最初は広大な河原歩きが続く。ときおり小さな瀞が現れるが、基本的には単調な流れが続く。

しばらくすると、花崗岩の岩盤が現れ、荒川はその表情を変える。そこからは源頭まで、断続的にゴルジュが続いていた。週末の天気予報は芳しくなかったが、この日だけは奇跡のように晴れ。雲ひとつない空の下、水流は陽光を反射して眩しく輝いている。

ポムチムいわく「荒川は朝日連峰の中でも特に水が美しい沢」。その言葉どおり、流れる水は驚くほど澄み切っていた。花崗岩の白を透かしながら流れる水流は、私が好きでたまらない暗く陰湿なゴルジュとは対照的で、なるほど“映える沢”とはこういうものかと、思わず納得してしまった。

今回は四人パーティー。最近はずっと少人数、あるいは一人で沢に入ることが多かったため、誰かと笑いながら進むことが妙に新鮮だ。ポムチムは昨年もこの沢を遡行しており、その案内は的確。沢狂いことケーシのリードもあり、ガイドツアーさながらにテンポよく進んでいく。

中又沢が近づくにつれ、渓相は徐々に緊張感を増していく。両側壁は100m以上の高さで立ち上がり、威圧感を放つ。遡行自体は快適で、花崗岩をよじ登る感触が気持ちいいものだ。

中俣沢の分岐付近でC1。岩の間に挟まっていた、重さ100キロ近くありそうな巨大な根っこの塊を、バニ女史が力ずくで引きずり出した。その根は造形的に美しく、夜には焚き火の炎に包まれて幻想的な光を放った。

単独で沢に入ると、食料や快適さを犠牲にしてしまう。乾いた行動食ばかりを口にし、合理だけに支配されていく。だが今回は違う。メンバーから炊き立ての米、焼肉、酒を恵んでもらい、焚き火を囲む。沢を仲間と共有する時間が豊かなものだと改めて思い知らされた。

翌朝、中又沢へ。滝が連続する空間を快適に抜けると、やがて登山道に合流した。覚悟していたほど薮は深くなく、わずか三十分の藪漕ぎで稜線に抜けた。予報どおり、天気は崩れつつある。下山は長い登山道をひたすら六時間半歩く。

総評

古典的な沢登りの世界観を堪能できる渓谷。白亜の岩盤と水流が特に印象的。源頭に近づくにつれ、傾斜を増し荒涼としていく渓谷の変化も楽しい。

東北の沢ヤのホスピタリティは凄い。メンバーの皆様、お世話になりました。

遡行図