「じゃあ、乗りますね」その言葉に、肩の筋肉に緊張が走る。”ショルダー”と呼ばれる野蛮で原始的な行為は、現代の先鋭的な沢登りにおいても日常的に使用される技術なのだ。
私の肩の筋肉の緊張を無視するように、頭頂への軽い衝撃とともに頭に推定50kgの負荷がかかる。これは予想外だ。肩に乗るのが一般的なショルダーにおいて、何も言わずに頭に乗りやがった。それも両足で。そもそも頭に乗ったらショルダーじゃないやろ。
だが、仕方ない。こいつはこういう人間なのだ。彼以外の誰かが同じことをしたら即座に叩き落とし、ブレイキングダウンするところだが、tamoshima(大恋愛中)なら仕方ない。彼がこういう人間だと知っておきながら覚悟できていなかった私が悪いのだ。
白田切川は妙高山の東面を流れ落ちる渓谷だ。そもそもこの渓谷に行こうと言い出したのは私ではない。
絶景の野湯がある、と噂の大倉谷(惣滝)に行こうと声をかけていたtamoshimaが、ついでに行こうと提案してきたのが白田切川だ。私自身、地形図は確認していたが開拓するかどうか微妙なラインの地形図で、彼からの提案がなければスルーしていただろう。
この時の私は車中泊での沢登り遠征が50日に差し掛かろうかというタイミングで、蕎麦食って温泉入りたい以外のモチベーションが消失していて、全く行きたくなかったのだが、彼にとって私のモチベーションなど関係ない。強制連行されるような形で入渓した。
tamoshimaは本物だ。モチベーション、天候、二日酔いなど、さまざまな理由で易きに流れる私とは異なり、人工知能のような冷徹さで渓谷を開拓していく。入渓するまでは、深夜に酔っ払ったノリで彼との約束を取り付けてしまった自分に腹が立ったが、入渓してみれば日本屈指のゴルジュだった。
白田切川|沢登り|2025,10,18
メンバー:ゴルジュスズキ|tamoshima夫妻
白田切川は大きく三つのゴルジュからなる渓谷だ。過去の災害から堰堤がいくつも建造されているが、渓谷の核心部となるセクションはそのまま残されている。渓谷の世界観としては「銚子の伽藍」に非常に近い。火砕流が礫を巻き込みながら形成された脆弱な地質をしている。
三つのゴルジュそれぞれに30〜50mの大滝を内包し、水線突破は困難。相当足のそろったパーティーでないとワンデイ遡行は厳しい。直登はもちろん、高巻きもシビアなもので、沢登りにおけるゴルジュ突破の醍醐味を満喫できるだろう。ギリギリ登れる滝、エイドクライミングが必要な高巻き、芸術的なトラバースライン、など、奇跡としか思えない沢登りの楽しさが凝縮されている。
日帰り可能なゴルジュでこれ以上の渓谷はなかなか無いだろう。全ての登攀ラインに合理性があり、技術的に困難。景観の特異性も日本屈指だ。ゴルジュ愛好家は一度は訪れるべき渓谷だと断言できる。
登れそうにない滝に突っ込み、クライムダウンできず残置したハーケンを当然のように割勘請求し、その滝で捻挫して下山がおぼつかなくなった私の荷物を、tamoshima夫妻は文句ひとつ言わず担ぎ、その夜の打ち上げまで快く付き合ってくれた。
「我慢しないで言ってくださいよ、いつでも荷物分担したのに」
沢ヤのホスピタリティは凄い。




















総評
日帰り可能なゴルジュとして日本屈指の景観と難易度をもつ。水線突破だけでなく、ボロボロの高巻きなど、沢登りならではのロマンとスリルを十分に満喫できる稀有な渓谷。