ユウセツ沢(融雪沢 / 忠別川)|沢登り

3年ほど前、キャニオニングを始めた時に一番気になっていた渓谷が北海道のアイシポップ川だった。BIG WEST氏に日本を代表する名渓と称されるアイシポップ川にいつかは行ってみたいと思うのと同時に、これほどの渓谷が全く情報なしに近年まで残されていた北海道の可能性に驚いた。せっかく北海道に行くなら開拓もしたい、と地形図をなんとなく眺めているときに見つけたのがアイシポップ川の本流『忠別川』の大ゴルジュだった。

地形図には集水域約30km2の大渓谷が合流するゴルジュ地形が記されている。特に左俣にあたるユウセツ沢ゴルジュは約400mも続く長大なもので仮に地形図が正しければ日本国内では稀な規模のゴルジュだ。これほど目立つ地形なら流石に記録があるだろうとググってみると意外なことに入り口付近の写真こそ数枚ヒットするがゴルジュ内部に関する情報は皆無と言っていい状況だった。

集水域30km2の大渓谷に未知が残っているだけでも珍しいのにそれが2本合流するゴルジュ、しかもほとんど情報が無いとはなんという幸運だろうか。日本最後かもしれない大ゴルジュでのパイオニアワークに大いに心躍らせた。

忠別川|ユウセツ沢|沢登り|2024.9.4〜6
メンバー:ゴルジュスズキ|キム|リュウスケ

1日目

入渓地点となる天人峡温泉に車を停め、遊歩道を歩く。すぐに今回の遠征後半でキャニオニングする予定のアイシポップ川への分岐となる羽衣の滝へと至る。そこから先は遊歩道が不明瞭になり、ときに渡渉をしながら先へと進んでいく。

忠別川本流入渓地点の集水域は60km2以上。日本を代表する大渓谷・黒部の暴れん坊こと『柳又谷』よりも大きい。年中雪渓が残る柳又谷とは異なり忠別川では雪渓が消失する9月以降はずいぶん水量が少なくなっているものの普通の感覚からすれば相当の大渓谷だ。

大水量本流としては意外なほど滝が多くゴルジュも現れるなど変化に富む忠別川本流を存分に満喫しながら大二俣へと近づいていく。赤茶けたボロボロの滝を乗り越えた瞬間、目の前に展開された異次元の光景に息を呑んだ。側壁150mの壮大なゴルジュ中央に高さ100mの『軍艦岩』が聳え、幅5mの水路からもの凄い勢いで渓谷の全水流を吐き出す。谷は軍艦岩の袂で水流を二分させ、左俣にあたるユウセツ沢は出会いに3mほどの滝をかけ瀑水を落としている。二股で大きく屈曲するゴルジュは中に入り込まない限りその先を見ることは不可能。これほどの大物が未解明で残されていて、その場に私自身が立っていることに例えようのない喜びを感じた。

時間はすでに夕方だが明日のゴルジュ登攀にむけ事前工作をする必要がある。まずは激流水路の側壁をトラバースして奥へと進む。ユウセツ沢出会の激流に飛び込んで渡渉し左俣F1|3mを登攀する。その先には高さ7mの樋状水路から大水量が釜にブッ刺さる険悪なF2が待ち構えていた。直径20mの釜は全体がボイルし人類の泳力では太刀打ちできない暴力的な水流を前後上下左右に発生させている。なんとも威圧的な滝だがこの奥にはさらなる未知が眠っている。ここで高巻きするわけにはいかない。水流を読み2回に分割して水流を泳ぎ渡り側壁へ。エディに巻かれながらA1で離水、そこからフリーで上部に抜けた。

その先には円形の大空間のど真ん中に落ちる6m。水量が多すぎて水線に近づくことなど到底叶わないがなんとか手前からのトラバースラインが繋がっていそうだ。手持ちロープもこれ以上ないので偵察はここまでとし、登攀ラインにロープを残置して下降することにした。今日の仕事を終えた安堵感のなか、先行メンバーがF2の釜をフィックスロープを頼りに泳いで行く姿をぼんやり眺める。あれ?かなりギリギリじゃないか?試しにビレイされながら泳ぎ渡れるか試してみるも全く無理。渡渉のロープを回収してしまっていたら進退極まる大水量ゴルジュの洗礼に肝を冷やした。

日没直前まで右俣の化雲沢ゴルジュを偵察し、1日目の行程終了。

2日目

昨日の残置ロープを頼りに大二俣のトラバースとF2までの登攀を終える。その先に待ち構えるF3は水流の影響が少ない位置からトラバースぎみに落ち口へ。その先にはさらに険悪な渓相が続いていた。

幅3mの水路の先にはCS5m。ほぼ垂直の側壁の奥まで続く水路は幅が狭く流速が早い。到底泳いで前進できる代物ではなく直登ラインをとる場合はエイドを交え2ピッチのトラバースとなるだろう。その先にチラ見えするF7も同じような形状をしている・・・。

「これは無理だな、ここから巻こう」草付きのスラブを登攀して50mほど上のバンドに抜ける。険悪なCS滝連なる水路をギリギリ回避できるところまでトラバースし、再度水路へと下降した。

ここから先は多少水路の幅が広がるとはいえ、まだまだゴルジュの中間地点。今日中に抜けられることを願い先へと進んだ。いくつかの滝を登攀すると次第に地形が開け、大崩落地帯へと至った。ユウセツ沢ゴルジュの出口だ。無事ゴルジュを抜けられた安堵感のなか仲間と喜びを噛み締めた。

この先もいくつか特徴的な地形、というか普通の沢なら白眉とでもいうべき地形や滝が点在するが大ゴルジュで感受性がバグり夜明け前からの長時間行動で疲れているので無心で通過していく。しばらく進むと職人による造成地のような極上のテン場が現れて行動を終えた。あまりの快適さに散乱する熊の糞も全く気にならなかった。

3日目

夜半から予報通りまとまった雨が降り、川は濁流となっている。時折見える青空を心の支えに行動開始。しばらくすると晴れ間が広がり爽快な1日となった。

co1350にて左俣に進路をとるとすぐに大滝が2つ現れる。登れなさそうな滝で右岸から巻いていく。大滝を過ぎると渓谷は源頭の雰囲気となり草原の中を流れる小川になった。と思いきやco1650あたりで四段45mが現れると以降いくつか源頭とは思えない優美な滝が連続する。

流石にこれ以上何もないだろう、と思っているとco1850からボロボロのゴルジュとなり小滝が連続する。厳しさはないが次から次に特徴的な地形が現れ、最後まで遡行者を飽きさせない。co2074コルにて脱渓する直前まで水流が枯れることはなく、藪漕ぎもない非常に快適な詰めだった。そこから旭岳を経由して下山。

総評

忠別川本流から始まり旭岳に抜ける本流遡行コース。全行程を通して間延びせず日ごとに変わる渓相は文句なしの名渓といえる。二日目の行程となるユウセツ沢ゴルジュは側壁100m以上の険しい地形が400mにわたり続き、そのなかに12本の滝をかける日本有数の大ゴルジュで、限られた遡行者にしか通過を許さぬ険しさをもつ。地形の険しさ・水量・滝の多さなどどれをとっても日本有数で、険しさと美しさを併せ持つ渓谷登攀の真髄を味わえる。

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