高知県東部の山深い地域には、古くから杉の巨木が育ってきた山域が点在しています。その中でも特に名が知られている存在が、野根山にある「宿屋杉(やどやすぎ)」です。
宿屋杉が立つ野根山一帯は、かつて参勤交代の陸路としても利用されたと伝えられる野根山街道沿いに位置しています。この街道沿いには、現在でも往時をしのばせるように杉の巨木が点在し、かつては豊かな天然林が広がっていたことを強く感じさせます。
かつての宿屋杉は、地上一.三メートルで周囲一六.六メートルあり、高さは三十二メートルにも達し、樹令は千年とも言われていた。昭和九年の室戸台風によって、ついに倒壊したが、根元の空洞の広さは四畳半敷程あり、旅人の四、五人も泊れたという。
現地看板より
宿屋杉は、その名の通り「宿」として人を受け入れてきたと伝えられる特異な杉です。かつては幹の内部に大きな空洞があり、5人ほどが中に入れるほどの規模を持っていたといわれています。街道を行き交う旅人たちが、雨風をしのぐ場所としてこの空洞を利用していた、という言い伝えが残されています。
しかし、宿屋杉は昭和9年(1934年)の室戸台風によって倒壊しました。現在残っているのは、その根元部分のみです。倒壊後もしばらくの間は、根元の空洞が「宿屋杉」の名の由来を感じさせる姿をとどめていましたが、2025年現在では、その根元部分もさらに崩れ、全体の半分ほどが倒壊しています。風雪にさらされながら、ゆっくりと自然へ還っていく、その最終段階に差しかかっているようにも感じられます。

宿屋杉そのものは、すでに朽ち果てつつある倒木の根元に過ぎませんが、ぜひ注目したいのは周囲の環境です。そもそも宿屋杉のような巨木が育つことができたこの山域には、同様の環境条件のもと、多くの杉の巨木が存在してきました。宿屋杉周辺では、伐採や倒壊によって失われたものも目立ちますが、少し東側へ進むと、現在でもなお巨木が残るエリアが点在しています。






実際に宿屋杉の周辺を歩くだけでも、かつてこの一帯に広がっていた森のスケール感や、野根山の持つ奥深さを十分に感じ取ることができます。宿屋杉は単体の名所というよりも、野根山全体の自然史を象徴する存在といえるでしょう。
朽ちゆく宿屋杉は、すでに往時の姿を失っています。しかし、その残骸と周囲の森が語る時間の厚みは、訪れる者に強い印象を残します。野根山という土地そのものの記憶に触れる場所として、宿屋杉は今なお静かに存在し続けています。
宿屋杉の場所


宿屋杉へのアクセスには注意が必要です。どのルートを選ぶにしても、長距離のダート走行が避けられず、車高のある四輪駆動車での訪問が無難です。私は訪問時、海沿いの道から直接登山口へ向かうルートを選びましたが、結果として非常に長く荒れたダートを走ることになり、あまりおすすめできないと感じました。
宿屋杉を訪れる場合は、北川村方面から、北東側に延びる川沿いの国道を利用し、そこからダート区間ができるだけ短くなるルートを選ぶのが、現実的で安心なアクセス方法だと思われます。
「宿屋杉登山口」看板から宿屋杉までの道のりは10分ほどの登山道です。


