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その名は、地図の中にあってなお、どこか現実の外側にあるように思えた。
恰堪溪。
読み方すら確かではないその渓谷の名前が、私の頭から離れることは無かった。何度、眠りにつく前に夢想したことか。その名前を思い浮かべるとき、思春期の少年のように胸が締め付けられる感覚が、確かにあった。
「台湾最強」「世界最強のゴルジュ」。
そうした言葉が繰り返し与えられることで、渓谷は単なる地形ではなく、ひとつの象徴へと変わっていく。いつしか恰堪溪は、私にとって“逃れられない課題”の一つとなる。知ってしまった以上は、いつかそこへ向かわなければならないのだ。
恰堪溪。
ただ困難だから特別なのではない。困難の先にしか存在しない空間があるという事実を、拒みようのない現実として突きつけてくるから特別なのだ。人類の侵入を拒絶する地形。圧倒的な水の力の支配。その中に足を踏み入れたとき、私の想像力など、大自然の前では、あまりにもちっぽけだと思い知らされる。
だからこそ、私はそこから逃れられない。
理由は後からいくらでも付けられる。技術的好奇心、探究心、自己承認欲求、SNSでコメントしてほしい。しかし、そのどれもが本質ではない。私自身を突き動かしているのは、もっと曖昧で、しかし抗いがたい衝動だ。まだ見ぬ空間に、自分の想像が通用しない場所に、身体ごと引き寄せられていくような感覚である。
恰堪溪は、そんな存在だ。
かつての私にとって、恰堪溪は書籍の中にだけ存在する渓谷だった。現実と地続きでありながら、決して触れることのできない聖域。取り憑かれたように沢登りを重ね、いきりたってゴルジュに突っ込み、周囲の誰からも理解されないキャニオニングに没頭するうち、いつかの聖域は、逃れられない課題へとなっていた。
恰堪溪|キャニオニング|2026.2.24 – 3.1
メンバー:鈴木助|大木輝一|溝内政樹|木村聖広|Chiz Chen(レイ)
恰堪溪は特別な渓谷だ。2026年現在、20代後半から30代の世代の沢ヤにとっては、より強い意味を持つ存在だろう。
この世代は、少なからず『外道クライマー(宮城公博)』『渓谷登攀(大西良治)』の影響を受けている。沢ヤにとって「特別な渓谷」はいくつか存在するが、その中でも台湾の恰堪溪と日本の称名廊下は、特別な存在だ。
恰堪溪は「台湾最強」あるいは「世界最強のゴルジュ」と評されてきた。しかし私にとって重要なのは、その難易度そのものではない。困難の先にしか存在しない空間があるという事実である。
『渓谷登攀』の著者である大西良治氏が述べたように、「より特別な世界は、より困難の先にある」。その言葉の通り、極限の渓谷の内部には、想像をはるかに超えた非現実的な空間が広がっている。私は、その世界に触れる行為そのものに強く惹かれてきた。
私の沢登りの原点はキャニオニングにある。2021年、スーパースター・田中彰氏の技術講習でキャニオニングを学んだことをきっかけに、私はこの極道のような世界へと足を踏み入れることになった。
キャニオニングのタクティクスは、沢登りという渓谷探検スタイルの限界を押し広げる。しかし、この思想に共感する者は極めて少ないのが現実だ。その中で出会ったのが、テル(大木輝一)だった。2024年、クライマー・沢ヤとして高い能力を持ちながらキャニオニングに打ち込む彼との出会いは決定的だった。同年、テルとともに国内最強の課題、称名廊下の水線遡行に成功する。
称名廊下も恰堪溪も、人跡未踏ではない。だが、その内部に踏み込むには高度な技術と覚悟が求められるため、実際に行動に移す者は極めて少ない。
とりわけ恰堪溪は、大西良治氏の遠征隊によって通過(沢登り1回・キャニオニング1回)されたのみで、多くのプレーヤーにとっては夢物語ともいえる存在だった。しかし、強力なパートナーを得た今、恰堪溪は私にとって、逃れられない課題なのだ。
記事の内容
2026年2月
2026年2月。恰堪溪がオーストラリア・台湾の混成チームによって第3降された。恰堪溪が、ついに世界に開かれた瞬間だった。
問題は、そのタイミングだ。私たちの計画の、わずか1ヶ月前に先を越されたことになる。
なんでこのタイミングで入るんだよ、という苛立ちとも、先を越された悔しさとも、片想いしていたあの子を奪われたような喪失感ともつかない感情が一気に押し寄せてくる。
とはいえ、先に行かれてしまったものは仕方がない。渓谷は逃げる。そういうものだ。こういう経験は初めてではない。直前に誰かに入られて、特別な渓谷がどこかへ逃げてしまうことは、今までにも何度かあった。
そういえば、2024年の秋。楽しみにしていた梅花皮沢の計画の直前に、「今年は僕だけじゃなくて、別パーティーも梅花皮行ったみたいですね、もはやゲレンデかな笑」と某沢ヤに煽られたことを思い出してイライラした。
別に初登争いにこだわっているわけではない。そもそも恰堪溪に冒険的未知は残されていない。ただ、自分にとって意味のある渓谷に直前で人が入るというのは、やはり気持ちのいいものではないのだ。
もっと言えば、大西チームしか行っていない渓谷と、他の誰かがすでに行っている渓谷では、意味がまるで違う。大西が行けたとしても、それが他のホモサピエンスにも可能なのかはわからない。だが、別の誰かが行けてしまった時点で、「ああ、じゃあ自分にも行けてしまうのだろうな」と、どこかで思ってしまう。
そんなことをぐるぐる考えていた。
ちょうどそのタイミングで、台湾の入域許可をお願いしていた現地メンバーのレイから連絡が入る。「もしよければ、恰堪溪の計画に参加したい」とのことだった。さらに続けて、大西の学生時代の後輩で、最近キャニオニングを始めたという溝内からも参加希望の連絡が来る。
もともとこの計画は、テル(大木輝一)と二人で完結させるつもりだった。称名廊下のときのような、腹の奥が重くなるような、ピリピリとした計画になるはずだった。
だが、流れは変わっていく。
昨年末には、沢登りとキャニオニングの両方に本気で取り組んでいる数少ない若手、木村が加わり、メンバーはすでに3人になっている。
そして直前の第3降のニュース。
もう、完全にどうでも良くなっていた。テルと二人で魂の震えるような沢をやる願いは叶わない。それなら世界最強の渓谷で世界最高の観光をしてやろう、と完全に開き直っていた。
アプローチ|2月24日〜25日
恰堪溪へのアプローチはいくつか存在するが、今回は大西たちが辿ったルートではなく、直前に第3降したオーストラリアチームのルートを使うことにした。
基本的に、渓谷内部の情報は事前に見ないようにしている。これは今回に限らず、自分なりのこだわりだ。たとえ未踏であろうと既登であろうと、できるだけフレッシュな状態でその渓谷に入りたいと思っている。とはいえ、アプローチで冒険するつもりはない。
台湾メンバーのレイが、オーストラリアチームのGPSログを持っていたので、それをそのまま使うことにした。出発時間も、キャンプ地も、翌日のハイクアップにかかる時間も、すべてトレースする。自分ではほとんど何も考えていない。
まあ、アプローチなんてこんなものでいい。こんなところで想像力を使うつもりはない。GPSを見ながら、だらだら歩けばいいのだ。
台湾の渓谷は、日本と違って下流部が広大な河原になっていることが多い。おそらく砂防ダムが少ないからだろう。ある程度標高が下がると、上流の地形に関係なく、ほぼ確実にだだっ広い河原が広がる。今回のアプローチも、そんな河原歩きから始まった。
だらだらと歩く。緊張感はまったくない。出発が昼過ぎだったこともあり、歩き始めて3時間ほどで日が傾き始めた。尾根へ取り付く手前で、この日はキャンプ1とする。周囲には立ち枯れの木が多く、枝は完全に乾いていて焚き火には困らない。地面も平らで、整地する必要すらない。かなり快適なキャンプ地だった。
翌日。台湾の山は、登山道がなくてもハンタートレイルが至るところにあって、意外と歩きやすい。鹿の食害の影響なのか下草も少なく、標高2500mくらいまではかなり快適に高度を上げられる。今回はスタート地点がすでに1000mを超えていたため、台湾の低山に多いラタンという凶悪なトゲ植物に苦しめられることもなかった。
昼過ぎ。山頂に到着、した瞬間に強烈な風が吹き始めた。
とにかく寒い。さっきまで見えていた景色も一気に雲に覆われる。なんでわざわざこんな思いをして登っているんだ、という疑問が頭をよぎる。台湾の山は森林限界がなく、3000m以上の山でも山頂直下まで樹林帯が続いて、爽快さが無い。そして稜線だけが笹原になっている。景色だけ見れば私のホームである四国の低山と大差ない。そこにトゲ植物と重い荷物が加わるだけだ。
暴風の稜線を歩く。しばらくすると、風に流されるように霧が少しずつ切れてきた。その瞬間だった。尾根のすぐ脇に、小さな沼が現れる。
「恰堪溪だ!」
これだ。この沼が、恰堪溪の最初の一滴だ。私の声に反応して、メンバーが集まってくる。先ほどまでトゲ植物に文句を言い、天気に文句を言い、冴えない山だとぼやいていたメンバーの顔が、一瞬で変わる。
「俺ら、恰堪溪に来たんだな」
このドブ沼は、ただのドブ沼じゃない。恰堪溪を、自分たちの目で初めて捉えた瞬間だった。
ここに来るまで、いろいろと余計なことを考えていたが、この一瞬ですべてどうでもよくなった。やっぱり来てよかった。
ドブ沼から流れ出した水はすぐに砂利の下に潜り、しばらくは水のない河原が続く。ときどき現れる水流を避けながら、ゆるやかに標高を下げていく。標高2600m付近で、キャンプ2とした。






2月26日|キャニオニング1日目
昨晩は、ほとんど眠れなかった。暴風と低気温。さらに周囲はトゲ植物だらけで、タープに穴が開くのを気にしながら設営したせいで、全員が無理な体勢で寝ている。夜中、突風が吹くたびにタープが顔に張り付き、押し潰されるように覆いかぶさってくる。そのたびに目が覚める。とにかく不快で、寒い。
寝不足のまま朝を迎える。4時起床、6時行動開始。
しばらくは水の少ないガレた斜面が続く。勾配はあるものの、ロープを出す場面はまだ少なく、どんどん標高を下げていく。昼過ぎにはかなり高度を下げ、水量も増えてきた。いくつかの開けた滝を下降していくと、ようやくゴルジュらしい地形が現れ始める。
最初に現れた滝は落差5メートルほどで、水量もそれなりにあり大きな釜を持っている。ただ、少し上流の側壁が崩れている影響なのか、釜は砂利で埋まっていて見た目よりも浅そうだ。私が先頭で慎重にクライムダウンし、最後の1メートルほどを飛び降りると、水深は50センチもなかった。落ち口から飛び込まなくて良かったとほっとしつつ、後続に飛び込めないとハンドサインで伝える。
なぜか、最年少の木村が反対側から釜を覗き込み、飛び込もうとしている。「やめろ!」と叫ぶが、水音で届いていないようだ。必死にハンドサインを送るが、そのまま飛び込んだ。「いってー!浅すぎだろ!」当たり前だ。「飛び込むなって言っただろ!」と声が出る。黒い岩盤を水深と勘違いしたらしく、5メートルの高さからモロに岩盤に飛び降りた形だ。足が痛いと言っているが歩けないほどではない。とりあえず行動不能でないことに安堵する。まあ、痛み止めを飲ませておけば何とかなるだろう。(後日、骨挫傷4箇所と判明)
少し進むと、景色が一変する。ゴルジュが一気に切れ込み、落差約40メートルの滝が現れた。恰堪溪の計画を大西に話したとき「60mロープで十分だよ〜」と言われていたがこの滝は80mロープ2本でもギリギリという規模だ。渓谷の恐ろしさは地形だけではない。人の言葉をどこまで信じるかという判断力も試される。私は大西の助言を全く信用していないので、80メートルロープを2本持ってきている。研ぎ澄まされた沢ヤ・キャニオニアは常にクレバーなのだ。
しばらく崩落地帯や中規模のゴルジュが断続的に現れる。「意外とこんな感じか?大したことないな」などと軽口を叩きながら、快適に進んでいく。昼過ぎ、小さな滝の先に不思議な地形が現れた。高さ30メートルほどの小さな尾根に、光背のような形をした窪みがある。窪みの中に地層の境目があるようで、黒っぽい岩盤がその奥で白くなっているのが見えた。
もしかして、と思った瞬間に心拍が上がる。
小さな尾根を回り込んだ瞬間、そこに現れたのは間違いなく、夢にまで見た、正真正銘の恰堪溪だった。緻密に侵食された石灰岩、縞模様の側壁、その中を流れる青い水。さっきまでの、台湾ならどこにでもある渓谷が、一瞬で特別な存在へと変わる。ここから先が本当の恰堪溪だ。
上部ゴルジュに入ったのが昼過ぎだったこともあり、内部は次第に暗くなっていく。それでも終わる気配はない。このまま抜けられるのかという不安を抱きながら、所々の巨岩帯を見ては「いざとなればここでビバークだな」と考えつつ進む。そして16時過ぎ、ようやく上部ゴルジュを抜けた。
少し下った先の大きな岩屋でキャンプ3とした。








2月27日|キャニオニング2日目
キャンプ3は、よくわからない小動物の糞が無数に散乱していて、少し動くだけでそれを踏んでしまい不快だった。さらに夜半から雨が降り出した。岩屋だから多少は凌げると思っていたが、実際には岩を伝った水が一本の流れになって落ちてきて、場所によってはしっかり濡れる。メンバーによっては装備もびしょびしょだ。
ろくに休めないまま、4時起床、6時行動開始。
この先が、私たちが思い描いてきた恰堪溪の核心部だ。水量はさらに増え、谷は完全に“大渓谷”の様相になる。しばらく下降していくと、ゴルジュの右岸側壁上部から、200メートル近くある支流滝が、一直線に落ちてきているのが見えた。
頭上から落ちてくる水を眺めながら、水路を泳ぐ。景色はどこまでも穏やかで、時間はゆっくりと流れている。やがて、20メートルほどの滝が現れた。その先に広がるのは、光の届かない暗黒の空間だ。
これが、過去の記録で「Go to hell」と綴られた、恰堪溪の核心の一つだ。
現実離れした空間に身体が止まる。本能的に「ここには入ってはいけない」と感じる。理屈ではなく、第六感が前進を拒んでいる。
この空間に最初に踏み込んだ大西たちの判断力と覚悟には、改めて驚かされる。同時に、その場所に自分自身が立っているという事実に、強い高揚を感じていた。




この先の詳細については、渓谷観光 別冊「恰堪溪」(写真集)に収録予定です。
恰堪溪のすべてを、このブログの中に書き尽くすことはできません。あの空間で感じた圧力や、光の届かない谷の質感、そこで流れていた時間の感覚を、できる限りの写真とともに、そのままの形で残しました。
もしこの渓谷に少しでも惹かれるものがあれば、ぜひ渓谷観光 別冊「恰堪溪」を手に取ってみてください。
2月28日|キャニオニング3日目
2月28日、午後5時。暗闇が迫る中、大連瀑帯を抜けたその先に、信じられない光景が広がっていた。谷底は一気に開け、天まで伸びる側壁から、いく筋もの滝が降り注いでいる。上空は霧が立ち込め、まるで自分たちのいるこの谷底だけが現実から切り離されているようだった。
先行していたテルが、こちらへ戻ってくるのが見える。「キャンプ地、見えたよ。」その一言で、それまで張り詰めていた何かが一気にほどけた。思わず膝から崩れ落ちそうになる。
気づけば、テルと強く抱き合っていた。決勝点を決めたスポーツ選手が仲間と交わすような、あの抱擁だ。
本当に、恰堪溪を通り抜けたのだ。夢のように現実味のない空間の中で、恰堪溪のすべてをこの目で見てきたという事実だけがある。
きっと私は、この瞬間を一生忘れることはない。
この空間を4人の仲間と共有できたことを幸せに思う。生死を賭けた、人生に一度しかないような経験を共にしてくれた仲間の存在に、私自身の幸運を改めて実感する。

