化雲沢|キャニオニング(クワウンナイ川 沢登り|継続)

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咄嗟に掴んだ岩屑で滑落が止まったような感覚を得た刹那、50kgはありそうな落石が体を掠めた衝撃で、呆気なく私の体は宙に放り出された。

クワウンナイ川のあまりの美しさに、脳内で快楽物質が大量に分泌されて思考力が皆無になっていた私は、深く考えずにボロボロの巻道を登攀し、滑落した。

身体に無数の擦り傷ができている。しかし、それ以外は大したこと無さそうだ。しかし、私の経験上いちばん危険な場面だったのは間違いない。本当に死んでしまうかと思った。

「クワウンナイで死んだら伝説だね 笑」「マジでそうっすね。俺の中でダントツ一番の危険体験でした」

遠征序盤の須築川での藪漕ぎによりメンタルを粉々に打ち砕かれた我々は、予定していた日高の沢は藪っぽそうなので諦め、爽やかそうな大雪に逃げることにした。

大雪の渓谷は国内屈指の清々しい空間が特徴だ。そのなかでも「日本一の滑床」として全国に名を馳せるクワウンナイ川は、初心者でも挑戦しやすい難易度と相まって、道内随一の人気を誇るという。

クワウンナイ川は、昨年(2024年)に開拓した「融雪沢」と水量をほぼ二分する、「化雲沢」と尾根を挟んで隣り合っている。化雲沢は、融雪沢の開拓時に少しだけ遡行して記録をとっていたが、未知のセクションが残されている。

”日本一の滑床”と”未知が残る大ゴルジュ”をセットで観光できるなんて、贅沢ではないか。化雲沢は私にとってやりかけの仕事でもあり、なんとしても自分の手で解明したいと思っていたところだ。

クワウンナイ川|沢登り – 化雲沢|キャニオニング(継続)|2025.9.10 – 13
メンバー:大西良治|ゴルジュスズキ

一日目

天人峡温泉付近からクワウンナイ川に入渓する。化雲沢を下降してくるとちょうど天人峡温泉に降りてくるので、周回コースとしてよくできた間取りだ。

廃林道をたどり巨大な堰堤を越えてから入渓。クワウンナイ川の下流部は広大な河原となっていた。あまりにも大味な河原に全くテンションが上がらず、タラタラと歩く。途中で大西が魚影を発見してからはさらに遡行ペースは遅くなった。

結局、一般的な幕営地よりも下流でのC1となった。

二日目

幕営地から少し歩くと滑床の門番らしき幅広の滝が現れた。これが魚留になっている可能性が高く、滝壺で思う存分竿を振ってから遡行再開。すると、すぐに広大な滑床地帯となった。

幅数十メートルの滑床いっぱいに流れる水流が午前の陽を反射し、白銀に輝いている。時折現れる釜に注がれる水流は、息を呑むような極彩色を発し、また白銀の水流となって流れ出る。どこまでも続く滑床は天国への道のようだ。

日本一の滑床を歩いていくと次第に水流は細くなり、源頭へと至る。最後まで藪漕ぎがなく稜線に突き上がるのは大雪山系の沢の特徴だろう。最後まで爽快な渓谷だった。

稜線。時刻は14時半。これから一時間ほど縦走して、化雲沢を下降するには時刻が遅い。

「稜線から少し降りると避難小屋があって、めちゃくちゃ綺麗らしいですよ」「一日延長すればいいし、そこで泊まってきますか〜」

湖畔に佇む「ヒサゴ沼避難小屋」には数人の先客がいた。巨大な荷物で金物をジャラジャラさせ場違い感のある我々に、先客の一人が話しかけてきた。

「重装備ですね、沢登りですか?」「そうなんです、クワウンナイから上がってきて、明日沢で下降する予定です」「もしかして、融雪沢ですか?」

昨年、私自身が開拓した渓谷の名前が唐突に登場し、驚く。

「え、融雪沢ご存知なんですか?もしかして北海道では結構有名なんですか」「ちょっと前にカモ横(カモシカスポーツ横浜)で『融雪沢』って本買って、すごい渓谷だったので覚えたいたんです」「それ、書いたの僕です」

山小屋で偶然出会った人物が私の書籍を持っているとは驚いた。そして、やはり感動は伝わるものなのだ。

三日目

「それでは、お気をつけて。化雲沢、楽しまれてください」「そちらこそ、ご安全に。よい一日を」

「最後まで大西さんに気付いてなかったですね、あの方」「だね、タスクのファンぽかったから名乗りにくかったわ 笑」「大西さんの横で俺だけ有名人扱いされてる状況、なんか笑えました」

化雲岳山頂から谷へと下降して行く。やはり、薮は皆無の爽快な空間だ。しばらくするといくつかの滝が現れ、長い長いゴーロとなった。途中、とんでもないヒョングリツイスト滝が現れるが、それ以外はほぼゴーロと河原の渓谷であった。

昼。融雪沢大ゴルジュを抜けた先の、大崩落地帯にそっくりな景観となる。ここからが化雲沢の核心部のようだ。

柱状節理の大側壁を縫うように流れる河原を歩く。そろそろ昨年の開拓で確認した地点に接続してしまう。”もしかして化雲沢に未知は残されていないのか?”という疑念が生じ始めた頃、突如水流が地底へと消えていく。

化雲沢の大水量が15mの落差から大釜に叩きつられ、そこで反射した水流により生じたミストが落口に立つ我々に降りかかる。この滝は、忠別川大ゴルジュ(融雪沢・化雲沢の分岐地点にあたるゴルジュ)で最大だ。そして、大釜には支流の35m滝も水を落としている。

「この空間のためだけに、ここにきた甲斐がありました」「これは凄いね、先の方もやばそうだけど降りちゃって大丈夫なの?」「去年、少し先の屈曲部まで偵察に来ているので大丈夫です」「それ知らなかったら安易に前進できない感じだね」

15m滝を飛び込みでクリアし、前進していく。忠別川大ゴルジュに始めて足を踏み入れる大西は、その迫力に驚いていた。

「ここだけでも日本有数だね、水量やばいし」「まだまだこれからですよ、少し先で合流する融雪沢はこれの1.5倍水量があるんで」

融雪沢出合い。忠別川大ゴルジュ「軍艦岩」の袂で融雪沢と化雲沢、二つの大渓谷が合流する。これほどの規模をもつ二本の渓谷が、側壁100mを越える大ゴルジュ内で合流する景観は、日本の中でここだけだ。

「これは凄い、水量日本一だ。こんな地形でこの水量は世界有数かも」「俺が称名川、剱沢と並んで日本三名谷って言うのも納得でしょ」

この日は融雪沢F2を観光し、大ゴルジュ下でビバークした。

四日目

忠別川本流を下降していく。昨年もそうだったが、相変わらずの大水量だ。大水量の本流としては珍しく、滝やゴルジュが散発的に現れ、その水量と相まって大迫力の景観を連続させる。ときに壮大な滑床が現れるなど、本流遡行の趣として、このセクションだけでも相当に魅力的だ。

六時間ほどかけて駐車場に下山。やはり、忠別川は私にとって特別な渓谷だ。化雲沢と合わせ、その未知を全て解明できたことを幸せに思う。

総評

クワウンナイ川

「日本一の滑床」との評にも納得の、最上の空間だった。初日の長い河原歩きさえ我慢すれば、源頭まで含め、最上の沢旅が約束されている。巻道は明瞭かつ快適で、登攀具はおろか、ロープすら不要なお手軽さも魅力。

化雲沢

忠別川大ゴルジュ(化雲沢と融雪沢の合流点)を構成する大渓谷。大ゴルジュより上流は大味な河原が大半だが、15m滝の空間は圧巻。

下降は飛び込みでクリアできるので、力のあるパーティーなら、融雪沢遡行 – 化雲沢下降と周回すれば、日本屈指の険谷の世界を十分に堪能できるだろう。

クワウンナイ川の場所

化雲沢の場所