記事の内容
想定読者と記事の目的
当記事では、沢登りとキャニオニングの違いを整理したうえで、キャニオニングの技術が沢登りを含む渓谷活動にどのように活かせるのかを解説します。
「沢登りの基礎は身についたけれど、この先どう進めばいいのだろう?」と感じている中級者にとって、この記事が一つのブレイクスルーとなるかもしれません。
詳細な技術には踏み込みませんが、「シングルロープシステム」をはじめとするキャニオニング技術が、沢登りにおいてどれほど有用であるかについては、この記事を通じて十分に理解していただけるはずです。
沢登りとキャニオニングの違い

“キャニオニングは「懸垂下降するだけ」「飛び込み・スライダーのレジャーアクティビティ」“
いいえ、違います。
「キャニオニング」と検索すると、観光ツアーの情報ばかりが出てきて、レジャーアクティビティとしての印象が強いかもしれません。実際、国内で行われているキャニオニングの多くは、夏の時期に行われるツアー形式のものです。
ですが、キャニオニングの本質は、そういったレジャーにとどまりません。
沢登りと異なる出自の技術体系「キャニオニング」
渓谷突破専門の技術:キャニオニング
キャニオニングは、ケイビングの技術を基にヨーロッパで発展した技術です。渓谷の “全貌を解明” することに主眼が置かれ、険しい地形や大水量といった渓谷特有のリスクに対応するための独自の技術体系が築かれています。
登山の一環としての技術:沢登り
沢登りは登山の延長として発展してきました。登山道として渓谷を ”通過” することに重きが置かれているため、登山やクライミングの技術がほぼそのまま流用されています。
このように、渓谷専門の技術体系であるキャニオニングと、登山の一ジャンルである沢登りでは、出自からして求められるものが異なるのです。
沢登りにおいても重要なキャニオニング技術
沢登りにキャニオニングの技術を活用する、というと、しっくりこない方が多いかもしれません。
キャニオニング経験がない大多数の沢登りプレイヤーたちは、キャニオニングに対して、レジャーツアーのイメージばかり先行して、その技術に目を向ける視点がないようです。
キャニオニングは渓谷専門の技術体系です。登山やクライミングでのロープワークとは異なり、「水流」へのリスク管理を含めた総合的なタクティクスが確立されています。
キャニオニング技術を習得することで、沢登りにおいても、より安全でより迅速、そして冗長性のある行動が可能になります。
当記事では、キャニオニングの「ロープワークをどのように沢登りに活用できるか」に焦点を当てて解説していきます。激流での水流処理に関しては既に詳しい解説がなされているサイトがありますので、SRT(スイフトレスキュー)と検索してみてください。
Tips
記事執筆者PR
渓谷写真集「渓谷観光」
日本各地の渓谷を、大判の写真で紹介する写真集「渓谷観光」シリーズ。
私たちGORGE CLUBの活動から、特に印象に残った渓谷美を、A4フルカラーでたっぷり100P掲載。2025年7月、Vol.1 発売。
キャニオニングの要となる2つの技術

キャニオニングにおける「シングルロープシステム」は、ロープバッグ併用の運用が基本です。
これから解説する技術も、基本的にはロープバッグに収納したロープを使用し、必要最低限の長さだけ繰り出すようにしましょう。
当記事だけで、キャニオニングのタクティクスを完全に理解するのは難しいかもしれません。ですが、ケーススタディまで読み進めることで、キャニオニング技術が沢登りにおいていかに有用か、という点は理解できるはずです。
技術1. ロワーダウン
「下降に内在するリスクを低減できる懸垂下降技術」
残置:なしの場合


1. HMSカラビナ + ムンターヒッチでトップをロワーダウン
2. 立木などでカラビナブロックしてラストがロープバッグと一緒に懸垂下降
残置:ありの場合


1. 予めリングにロープを通し、HMSカラビナ + ムンターヒッチでトップをロワーダウン
2. リングでカラビナブロックしてラストがロープバッグと一緒に懸垂下降
キャニオニングにおける下降の基本は「ロワーダウン」です。ロワーダウンには、一般的な沢ヤ懸垂には無い、たくさんのメリットがあります。
ロワーダウンの基本動作
HMSカラビナ + ムンターヒッチで支点を構築し、ビレイヤーの操作でトップをロワーダウン、適当なところまで下降したら、下降者自身でロープを外します*。
この時点で、ちょうどよい長さの下降用ロープを設置することができました。セカンド以降はアンカーをリリーサブルアンカー(次項で解説)にしてシングルロープで下降。ラストはロープをカラビナブロックして懸垂下降します。
※ トップが素早くロープを外す必要がある場合はハーネスとロープの固定にMM(エムエム|ムンターヒッチ + ミュールノット)を利用
ロワーダウンのメリット
1. 必要最小限のロープ長で懸垂下降できる
ロープが水流中で絡まったり、引き抜き時のロープトラブルのリスクを低減できます。
2. 登り返しが楽
登り返しが必要になっても一本のロープで登り返すことができます。
技術2: リリーサブルアンカー
「もしもの時にメンバーの命を救うアンカー」

キャニオニングにおけるアンカーは、リリーサブルアンカーが基本です。リリーサブルアンカーとは、荷重状態でもロープ長を調整可能なアンカーのことで、通常時は固定アンカーのように振る舞い、必要に応じて長さが調整が可能です。
キャニオニングでは、HMSカラビナ + MMO(ムンターヒッチ + ミュールノット + オーバーハンドノット)を利用するのが一般的。ATCなどのセカンドビレイ機能との違いは、荷重が大きくてもスムーズにロワーダウン可能なことです。
沢登りでキャニオニング技術が活きる3つの例
沢登りにおいてキャニオニングの技術がどのように活かされるのか、シチュエーションごとに確認していきましょう。
まず前提として、一般的な初級〜中級の渓谷では、キャニオニング技術が必須となるような険しい場面はそう多くありません。しかし、重要なのは「万が一」の状況に備えるという視点です。
キャニオニングの技術体系を理解しておくだけで、安全マージンを大きく確保することができるのです。知識は道具のように重たくはありませんが、その価値は非常に大きいのです。
1:激流への懸垂下降はロワーダウンで

状況:高巻き後渓谷内に懸垂下降する。下降地点の水流が早くて立ち止まれるかわからない(ロープ40m , 懸垂ピッチ10m)
沢登りの基本に従えば、ロープを中間地点で折り返しての懸垂下降となります。ロープの余りは10m(40÷2=20m-10m)。10m分のロープが水流中に余っている状況です。
ロープの余りが水流中にあると、ロープ同士の絡まりや障害物へのスタックといったリスクが生じます。こうした状況では下降器がスタックしたり、着水後にロープを外せなくなったりする恐れがあり、人命にかかわる危険な事態を招きかねません。
ロワーダウンにより適切な長さの下降ロープを設置することで、着水後ただちにロープから離脱できようになり、スムーズかつ安全に懸垂下降を行えます。
2:滝の登攀はリリーサブルアンカーで

状況:滝の側壁を登攀。滝の上部で終了点を構築し、セカンド以降がユマーリングする
このような状況で、ユマーリング中にスリップしたり、中間支点が外れたりすると、クライマーは水流に引き込まれます。
終了点が固定アンカーの場合、アッセンダーで固定されているクライマーは、自身で水流に抗い脱出しない限り、重大な事故につながる可能性が高い状況です。
終了点がリリーサブルアンカーならば、終了点側からロープを操作することで、クライマーを安全圏へと移動させることが可能です。安全な場所に移動させた上で、再びユマーリングを再開すればよいのです。
クライマーに万が一の事態が起こった際に、外部から状況をコントロールできるというのは、非常に大きな安全マージンとなります。リリーサブルアンカーの考え方は、沢登りにおける登攀のリスク管理にも確実に役立つのです。
「リリーサブルアンカー ≠ ATC」
Tips
リリーサブルアンカーと聞いて、経験のある方は「ATCで良くない?」と疑問に思うかもしれません。しかし、ATCの使用は適していません。クライマーが水流に飲まれると、体重と水圧を合わせて100kgを超える荷重がかかります。そのような状況で、クライマーが窒息する前に、安全かつ迅速にロワーダウンするには、ATCは不向きです。
3. ガイドラペル

状況:激流水路の高巻きラインから懸垂下降する際、なるべく前進したい
そして最後が「ガイドラペル」です。ガイドラペルは有用である反面、理解が不十分だと非常に危険な技術のため詳細は記述しませんが、「シングルロープシステム」でなければ運用不可能です。
掲載写真の場面では、灌木からガイドラペルを行い、落差20mで35m前進しています。
沢登りにキャニオニングを取り入れるという選択

近年、私たち人類は非常に困難な渓谷にまで到達できるようになりました。そのような場所では、ほんのわずかなリスク管理の差が生死を分けることさえあります。状況が厳しくなればなるほど、リスクをコントロールする力が重要になるのです。
だからこそ、少しでも安全に行動するために、キャニオニングの技術を沢登りに取り入れてみてほしいのです。懸垂下降するだけがキャニオニングではありません。そこには安全性・効率性・冗長性などを高める多くの知恵が詰まっています。
キャニオニングで培われた数々の技術は、沢登りの現場においても確かなアドバンテージとなり、きっとあなたの行動を支えてくれるはずです。
ここで少し、筆者の自己紹介をさせてください

私は2022年、キャニオニングの技術講習で初めてロープワークを学び、その後、本格的に沢登りにのめり込みました。より困難な渓谷に挑戦する中で、キャニオニングの知識が大きなアドバンテージになっていることを実感しています。
事実、ロープワークを覚えた二年後の2024年には、称名廊下や剱沢といった最難関クラスの渓谷を遡行するまでに至りました。それが可能だったのは、既存の常識にとらわれず、キャニオニングの文脈からリスクを見直す視点を持っていたからだと思います。
沢登りでは、「突っ込む力」よりも、「リスクをコントロールする力」が重要です。キャニオニングでは、状況に応じた対処法が体系化されていて、様々な場面で、リスクをコントロールできるようになります。
私自身、リスクをコントロールする力が自信や冷静な判断につながり、結果的に高難度の渓谷にも短期間で挑めるようになったのだと感じています。このような私自身の経験から、私はひとつの個人的な主張を持っています。
「沢登りを行う人は、そのベースの知識としてキャニオニングの技術を学ぶべき」
本気で学びたい人は、キャニオニア・探検家・スーパースター「田中 彰」氏の技術講習を受けることを強く推奨します。
※ 宣伝ではありません
記事執筆者PR
唯一無二の渓谷写真集「険谷」シリーズ
唯一無二の渓谷と、そこで展開されるパイオニアワークを、僕たちの情熱とともに一冊にまとめた写真集『険谷』シリーズ。
その第一弾には、GORGE CLUB の2024年の活動から、日本屈指のゴルジュ「剱沢」と「融雪沢」を収録。
日本最高峰と称される「剱沢」では、新たに引かれた水線遡行ラインとそこからの景色を。そして、長らく未踏だった北の大ゴルジュ「融雪沢」では、初登記録と人跡未踏の空間の景色を掲載。
登るか、下るか、どちらも重要な技術
沢登りには長い歴史があり、その技術はある程度完成されたものだと思われがちですが、この記事で紹介してきたように、キャニオニングの技術を取り入れるなど、発展の余地が多く残されています。
近年、人類がようやく踏み込めるようになったような険しい渓谷では、沢登りの技術だけでは対応しきれない場面が増えてきました。沢登りにも、そろそろ新たな技術的転換点が訪れているのかもしれません。
2022年、私がキャニオニングを学んだ当時は、その重要性を語っても理解してもらえないことがほとんどでした。ですが2025年現在、渓谷に本気で向き合うプレイヤーたちの間で、キャニオニング技術を取り入れる動きが少しずつ広がっています。
「リスクをコントロールする力」こそが、困難な渓谷に挑むための最大の武器です。
ぜひあなたも、キャニオニングの技術を学び、沢登りの世界をさらに広げていってください。























